台所通信 Vol39

あけまして おめでとうございます


  昨年はクリスマス前にもかかわらず例年にないドカ雪も降ったりして雪国の方々は
勿論、普段そんなに積もる事のない地域の方々もビックリなさった事でしょう。
さて、2015年はどんな年になるのでしょうか?
日本は東京オリンピック開催への準備に余念がない事でしょう。スポーツ界にとっては
憧れのイベントに期待するのは勿論なのでしょうが、東日本大震災を目の当たりに経験
した東北地方の方々、特に福島は福島第一原発の問題もあって(国は福島復興はできたかのような錯覚をしている様)まだそれに向かっていく気力、体力は充分ではないのではない
のではないでしょうか?
  悲しみがドンドン流されていってしまう危険はないのでしょうか?
勿論そこに留まってはいけないことも解っているのですが、時間は確かに流れていって
居る事も確かです。

 さて私事ですが、2015年は還暦というものになり、そして未年の年女!
『還暦』という言葉を聞くとは思いませんでした(笑)。八年前に甲状腺癌になり翌年
転移して、まあその後は様々な後遺症はあるものの転移も無く過ごしてはきましたが
60歳までの事と勝手に思っておりました。(まだですが)
だからそれからの命はいただいのですから自分の人生をいきたいと、ことごとく吹聴
している次第(新聞に投稿したりしてその決意が載っていたりする)。
2015年からできているかどうかはわからないのですが・・・

この一年が平和で争い事や災害のない年にに成ります様に。




もう一度『祭りの匂い』  阿武隈屋そよ風 作    シリーズ1(台所通信 Vol10〜13まで掲載したものです)

今は夏祭りの最中だ。そしてこの先は秋祭りが全国的に展開されていく。祭りは賑やか
なので大好きで、小さい頃から憧れであった。その祭りを思い出すために目を瞑って
振り返ると、実は私の頭の中には祭りの夜の匂いが最初に現れてくる。
 風呂に入ってさっぱりとし、きた浴衣は折り目が効いていて樟脳の匂いが祭り気分を
煽ってくれた。神社の境内に続く上り坂の左右には夜店が並んでいて、そこからは明かり取りのためにカ−バイトから発生したアセチレンガスの匂いが鼻をついていた。
さらに進むとイカ焼きの匂いだ。その匂いを思い切り鼻で深呼吸して、嬉しくなって
また上に進むとトウモロコシを炭火で焼く匂いがしてきた。さらにその上からは、安い
ソースの焦げる匂いが鼻をくすぐりかけてきた。その匂いを頭の中で鑑賞すると、安
ソースの匂いに混じってやはり安っぽい青のりの匂いがあり、肉ではなくスルメの
足の匂いもする。
 祭りの夜店の原点のような匂いもやってきた。甘くて香ばしくて焦げたような匂い。
あれだ、カルメ焼きの匂いだ。ザラメ糖を水に溶かしてかき回しながら泡立たせ、重曹
を加えて膨らませ銅器の型に入れて焼いた泡菓子である。
 いやはや参った。あの掠れたような焦げ香を伴った甘く乾燥した匂いもやってきた。
バクダンの匂いだ。米、トウモロコシを密封の爆発器に入れて、加熱加圧し、頃合いを見て器の中を開けた瞬間、バーン!! と破裂音を発して空気が入り、米やトウモロコシ
は膨らんで常圧に戻る。バクダンといっても火薬の匂いではなく、香ばしい匂いだから祭りは平和なので。今の祭りにはもう懐かしい匂いは少なくなってしまっただろうが、たまには匂いを求めて夜店を嗅ぎ回るのも心の洗濯だろう。



もう一度    阿武隈屋そよ風 作    シリーズ2

『秋刀魚と飯』

 毎年、この時期になると、サンマ、サンマと騒ぐのは私ばかりではないようで、日本国
中みんなが大騒ぎだ。だから昔から「サンマ騒がせ」などというイキな歳時言葉もあるぐらいだが、それはちょうど新米が出るころと時期が重なるものだから、余計に騒ぐので
あろう。
 炊きたての新米を飯椀に盛って、じっと観察してみると一粒一粒が立っているように
張り切っていて、ピカピカ光り、芳香がわき出している。そこに焼きたてのサンマに醤油
をかけ、熱々のサンマ身を箸でむしり取り、新米とともに食らう。その美味に敬意を
表して一言「ああ、うまい」と言わぬ日本人は皆無であろう。
 サンマをいろいろな料理法で楽しむのは実にうれしいことで、開いてから干して、焼いて食うのも大変美味。ぶつ切りしたものをダイコンとともに味噌汁にするのもうまい。
中でも私の一等の楽しみは『サンマ飯』である。このサンマ飯には二通りあるのだが
、両方大好きなので、いつもこれを賞味しては、家の中でサンマ騒がせをしている。
 一つは、三枚に下ろしたものに小麦粉の衣を付けて油で揚げて天麩羅にして、酒、醤油、みりんで甘じょっぱくしたタレで煮込み、丼に盛った温飯に載せて食べるものだ。
飯の甘みがサンマの濃いうまみと衣から来る甘じょっぱい味とに絡められて、そこに飯と
タレの芳香も相乗りしてくるものだから、あっと言う間に丼はすっからかんになって
しまう。この時、たくあんの古漬けなんかをわきに置いてぽりぽりとかじりながら食うと
実にうれしいものである。
 今一方は、米を醤油味に炊き、飯が炊きあがったところへ、骨を抜いて淡塩にし二、三
センチほどに切ったサンマを入れて蒸し上げる。これを丼に盛り、もみノリをして熱い
うちに食う。これももうどうにも止まらなくなるほどの食欲が出るので、食い過ぎには
くれぐれも注意しなくてはならない。この炊き込み法によるサンマ飯には、味噌汁より
もあっさりとしたミツバの吸い物辺りの方が似合う。
 さらに私オリジナルだけれども、味噌漬けにしてから、こんがりと焼いたサンマをむしり、熱い飯に混ぜて食うのも絶妙のサンマ飯である。


シリーズ3  『茄子と飯』

 ヘタをとったナス(茄子)を二つに割り、皮の表面に何本かの線を包丁で入れてから、
それを油を引いたフライパンで焼く。こんがりと焼き上がったナスを皿に取り、その上に
おろしショウガを載せ、そこに醤油を垂らす。別にご飯茶碗に炊きたての飯を盛り
その焼きナスをおかずに飯を食らうのである。するとシンプル・イズ・ベスト。実に
美味だ。
 焼いたナスは淡味なのだけれども、油のコクみでグッと奥味が広がり、垂らした醤油
も油とショウガで全くの別種の重厚な味を持つ。それらが熱い飯とともに口の中で
融合しあうのだからたまりません。飯から出てきた上品な甘み、そこに油まみれの
醤油のうまさ、さらにショウガのピリ辛さが複雑に交錯して、正直言って頭の中が
真っ白になるぐらい美味になるのである。
 ナスの油焼きぐらいで、瞬時に食のエクスタシーを迎えられるなんて、ほんとに我が輩
はお安くできていますなぁ。
 ナスの料理で飯を食い、その妙味から舌の恍惚、味覚の法悦を味わえたのは『ナスの
味噌炒め』の時も同じであった。今述べた油での焼きナスをフライパンで作り、そこに
味噌と砂糖を加え、少量の酒とみりんも加えて、やや甘めに仕上げたものである。
 丼に熱い飯を盛り、その上からナスの味噌炒めをぶっかけ、さらにやや多めに七味
唐辛子を振って食う。この場合は味噌汁よりも熱いお茶がいい。ナスの油と味噌の
濃味に、飯と調味料との甘みが一体となり、そこにピリ辛が舞うものだから食欲は
一段と震い起こる。こうなると舌にかかったパワーは何百万馬力。もうどうにも止まらない。こうして、またもや我が輩はこれまたナスのぶっかけ丼だけで忘我垂涎の世界に
没入することができたのであった。


シリーズ3    『鯖』

 青ものともいい、光ものともいうが、とにかくあやしいほどの青い光を放つ魚が
やたらと好きなものだから、手当たり次第に食べてきた。イワシ、アジ、サンマ、サヨリ
コノシロ(コハダ)、トビウオ等々。活きのいいのは大概刺身でペロリ、酢でしめてパクリと
やってきた。光ものの魚の共通していいところは、値段が安い割に味わい深く、脂肪が
のっていてうまい。大衆的な魚だが、食べている者にとっては殿様気分になれる。食べ残したものは、干物にすればさらに今一度感激できる、などだ。
 その光ものの代表選手である秋のサバの話をする。「秋サバは嫁に食わすな」なんていう、嫁さんにとっては意地悪な諺もあるほどで、旬なのは秋から冬にかけて。脂肪がのり
にのるからだ。大型のサバの可食部は何と二十%を越し、逆に水分は六十%以下になるのだからまずいはずはない。イワシやサンマの脂肪は内蔵付近により多く集中しているのに対し、サバは主として皮下脂肪層に存在するから、全身が美味となるわけだ。
 とにかく鮮度が勝負といった魚。『サバの生腐れ』というぐらいで、水から揚げるとすぐに死に、ただちに硬直を起こして自己消化(自らの体を酵素が解かす)を始めるために
生臭さが倍加し細菌を呼びやすくなる。
 交通機関の不備な時代、京都人たちはうまいサバが食いたいというので、産地の若狭湾
小浜あたりでは、まず淡塩を当てて塩サバにしたり、酢でしめてしめサバとしてから急いで比良山地越えをして、いわゆるサバ街道を走って京都に届けた。だから、サバ街道
道中筋の滋賀県朽木村は、今でもサバの熟鮓つくりでは日本一の村となっている。
 サバ。あらためてもう一度言いますが、これは本当にうまい魚ですねえ。大分の佐賀関
でとれる有名な『関サバ』も食べたが、コクのある割には脂っこさがなく、白身魚の
ような甘みとコリコリ感が忘れられない。
 しかし、関サバや若狭のサバといった有名産地ばかりではなく、活きのいいサバなら全国どこで食べても美味なもので、しめサバはもちろんのこと、酢みそあえ、塩焼き、煮なます、味噌煮、サバすしなど、どれをとっても胸がキュンとなり、嬉しいものだ。
 週に一度はサバがないと禁断症状に陥るといった具合にサバを食べ続けてきて、改めて
認識し直したいのが酢との相性。ある時『サバの酢蒸し』という料理を食べた事があった。新鮮なサバの切り身に淡塩をしてから少し置く。酒と果実酢を混ぜたものに塩加減
したのを鍋に入れ、煮立てたところに切り落とした料理。酢との相性が芸術的ですら
あった。
 秋サバといわずうまいサバは、嫁にも友人にも家族にも食べさせず、こっそり一人で
食べるのに限る、とも悟った。


シリーズ4   『里芋』

 山野に自生したヤマノイモに対して、里で栽培される意味で名付けられたのが
サトイモ(里芋)である。この「サトイモ」という言葉を聞いただけで、ふけ行く秋の
情景、生まれ故郷の秋の風景、子供のころの秋の夕陽などを浮かべる人も少なく
あるまい。そしておふくろの味の代表のような、サトイモの煮っころがしの味を
懐かしく思う人も多いだろう。
 『きぬかつぎ』(衣被)のように、サトイモの子を皮付きのまま蒸したりゆでたりして、それに塩をつけて食べる素朴なものや、丸のまま、または切ってから、だし汁と少量の
酒と塩と醤油で煮る『含め煮』、そのふくめ煮の時の砂糖と醤油をやや多めに加え、落とし蓋をして汁がなくなるまで煮詰めた『うま煮』、棒ダラと炊き合わせた『イモ棒』
昆布と炊いた『昆布煮』など、サトイモの素材を生かした料理は実にいろいろある。
 その中で、私の実家の名物はイカとサトイモの煮付けであった。その味がずっと
大きくなっても忘れられず、街に皮付きのサトイモが並ぶと、それをさっそく買ってきて
賞味するのが毎年秋の楽しみなのである。そして今年も、その懐かしい味を堪能すべく
作った。作り方は、昔の記憶をたどってやっていたのが定着したものだ。
 まずサトイモの皮をむき、小さいものは丸のまま、大きいものは二つ切りにして、それに塩をたっぷり加え、米を研ぐようにごしごしと揉んでしばらく置く。一方、生イカは
腸(わた。コロとも呼ぶ肝臓部)を上手に抜いてから表面の薄皮をはぎ、胴をを筒切りにして、耳と呼ばれる頭の方も切って、それらを鍋に入れる。水洗いして塩を去ったサトイモ
も加え、イカの腸の内容物をその上から手で擦り込む。さらにだし汁、酒、砂糖、みりん
醤油を加えて味付けし、それをコトコト煮込んでいくのである。
 こうして十五分も煮ると、あこがれの『サトイモとイカの煮物』が出来上がる。
それを椀に盛り、今年の出来具合はいかがかと、そして至福到来とばかりに食べた。
 結果は今年も大成功。サトイモはイカの濃い旨味を吸って豊満な味となり、またイカは
サトイモの上品な甘みを吸って気品高くなる。さらに、サトイモのヌルリとした食感に
対してイカはポクリとした弾力が合って、そのコントラストも絶妙だ。そして、この料理
の楽しみは翌日のぶっかけ飯まで持ち込まれる。丼に盛った飯に、そのサトイモとイカの
煮物の煮汁をぶっかけて、それをかっ込む快感。
秋はいいなぁ。










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